ある経営者からの「カタログをPDF化したい」という相談
以前、ある中小企業の経営者からこのようなご相談を受けたことがあります。
「うちの営業マンが毎日重い分厚いカタログやパンフレットを持ち歩いて営業に回るのが本当に大変そうだ。ペーパーレスの時代でもあるし、これらをすべて電子化してタブレットで見せられるようにできないだろうか」
自社の営業担当の労力を気遣う温かいお気持ちと、時代に合わせたIT化への積極的なご姿勢には大変深く感銘を受けました。しかし、私はそのご提案に対して、少し異なる営業戦略へのシフトをご提案いたしました。問題の本質は「持ち歩く媒体が紙か電子か」というツール論ではなく、現代のお客様に対して「対面の場で重い情報をすべて説明しようとすること」そのものにあるからです。
顧客の時間はすでに奪えない。「対面で全部語る」営業の限界
かつての中小企業営業といえば、分厚いカタログを抱えて何度も足繁くお客様の元へ通い、顔を覚えてもらい、対面でじっくりと商材の強みを説明して信頼を勝ち取るというスタイルが一般的でした。しかし、インターネットが隅々まで普及し、誰もがスマートフォンを手にする現代において、お客様の購買行動は根本から変化しています。
ビジネスパーソンは常に多くの業務に追われており、見知らぬ営業マンや従来の取引先からの「長時間の対面説明」に付き合う余裕を失っています。私自身も、業務中に営業の電話がかかってくると、基本的には出ないようにしていますし、仮に出たとしても用件だけを聞いてすぐに電話を切るようにしています。今時、不意打ちの電話や突然の訪問で長い時間を取られることを喜ぶ顧客はまず存在しないと言っても過言ではありません。
マーケティングのIT化に、大掛かりなMAやWebツールは要らない
「営業のデジタル化」や「マーケティングのIT活用」と聞くと、多くの経営者様は大規模なWebマーケティングの構築や、数十万円から数百万円もするマーケティングオートメーション(MA)ツールの導入といったハードルの高いものを思い浮かべがちです。しかし、リソースの限られた中小企業がまず目指すべきは、そのような大げさな仕組みではありません。
中小企業がまず取り組むべきIT活用の決定打、それこそが「クロスメディア集客」です。クロスメディア集客とは、紙媒体や訪問営業といったオフラインの接点と、Webサイトというオンラインの場をそれぞれの役割に合わせて組み合わせる手法を指します。ポイントは、リアルな接点の場では「情報を全部語らない」ことです。
「続きはWebで」が最強である理由:顧客を情報を欲する状態にさせる
テレビCMを思い出してみてください。印象的なCMほど、15秒や30秒の尺の中で商品のスペックや詳細な価格を長々と語りません。「えっ、このあとどうなるの?」「もっと詳しく知りたい」と思わせる抽象的で強いメッセージだけを投げかけ、「続きはWebで」と検索を促します。
営業の第一接点(ハガキ、FAX、簡単な挨拶訪問)における最大の目的は、契約を取ることでも、商品の全貌を理解してもらうことでもありません。顧客の興味を惹きつけ、「情報を知りたい」という喉の渇き(=渇望感)を生み出し、Webに足を運んでもらうきっかけを作ることです。ハガキや簡単な案内状に「こんなお悩みがありませんか?」というインパクトのある問いかけとQRコードだけを載せ、気になったらスマートフォンで読み取ってもらう。これで十分なのです。
Webという「最高の営業マン」に詳細な説明とアクションを任せる
ひとたび顧客が自社のWebサイトにアクセスしてくれれば、そこには時間や紙面の制約がありません。テキストだけでなく、製品の動く様子を伝える動画、分かりやすい画像、実際の導入事例など、多彩で魅力的なコンテンツを配置しておくことができます。顧客は誰にも邪魔されず、自分の都合の良い時間に、知りたい情報を納得いくまで確認できます。
さらに、Webサイト上であれば、興味が高まった瞬間に「お問い合わせ」や「資料請求」のボタンをクリックするという具体行動にその場で進むことができます。対面営業で長々と説明してその場で検討を迫るよりも、はるかに成約率が高く、なおかつ顧客側にとってもストレスのない動線が完成するのです。
足で稼ぐ営業から、Webへ引き込むスマートなクロスメディア営業へ
冒頭でご相談いただいた中小企業様も、カタログの単なる電子化ではなく、このクロスメディア戦略へとシフトされました。対面営業の役割を「時間を取って説明する場」から「挨拶とWebへの案内カードを手渡す場」へと切り替え、カタログの詳しい情報はすべてWebサイト上に集約したのです。
結果として、営業担当者が重い資料を持ち歩く負担が減っただけでなく、お客様からの「詳しい情報が見たい」という自発的なWebアクセスや問い合わせが増加し、営業全体の効率と成約精度が飛躍的に向上しました。
従来のカタログを持って足で稼ぐ営業スタイルを続けている中小企業・中堅企業の皆様も、一度「情報を伝える役割」を分担させてみてはいかがでしょうか。オフラインの軽い接点(ハガキ・メール・FAX・挨拶)で興味を惹きつけ、Webで手厚く情報を与えてアクションへ導く。この身の丈に合ったクロスメディア集客こそが、これからの時代を生き抜く中小企業の強力な武器になると、私は現場を見ながら感じています。