経営者の「未来を知りたい」という切実な悩み
私はこれまで数多くの中小企業経営者の方々から、財務や経理に関するご相談を受けてきました。その中で非常に多く耳にするのが、「月次の損益計算書(PL)や貸借対照表(BS)が見られるようになったけれど、本当に欲しい情報とは違う気がする」という悩みです。IT化を進め、最新の会計ソフトを導入したことで、過去の経営実績は確かに可視化されました。しかし、経営者が本当に知りたいのは「過去の答え合わせ」ではありません。「このまま推移すると数ヶ月後に我が社はどうなるのか」「目標を達成するためには今何を打つべきなのか」という、意思決定のための「未来の数字」なのです。
過去の財務諸表は、言わば自動車の「バックミラー」に過ぎません。後ろを振り返り事故の原因を調べるのには役立ちますが、目の前に広がる急カーブを曲がるための操縦桿にはなり得ないのです。経営者のみなさまは、一様に「未来を予測するために、もっと高度で高価なシステムを入れるべきだろうか」と頭を抱えていらっしゃいます。
「高額ERPを入れれば未来が見える」という大いなる誤解
「未来の数字を予測したい」と考えた経営者が陥りがちな罠が、数千万円クラスの高額なERP(統合基幹業務システム)の導入です。しかし、結論から申し上げます。いくら高価なERPを導入したところで、あなたの会社の未来を予測することはできません。なぜなら、基本機能としてERPに搭載されている管理会計機能の多くは、在庫回転率や売上高販管費率、原価率といった定型的な過去指標をグラフ化・レポート化する機能に過ぎないからです。
経営に必要な「コントロールすべき数字」は、業界やビジネスモデル、さらにはその会社の成長フェーズによってまったく異なります。パッケージ化された既成のシステムが、自社の事業特有の未来予測ロジックをあらかじめ用意してくれていることなどあり得ないのです。高額なシステムに幻想を抱く必要はありません。
未来を作るのは会計ソフトの外にある「生の現場データ」
では、未来の予測はどのように立てるべきなのでしょうか。その答えは「会計ソフトに入る手前の現場データ」と「既存の過去データ」を掛け合わせることです。
たとえば今年度の売上予測を立てる場合、確定した過去の売上データをいくら眺めても答えは出ません。必要なのは、営業マンが日々記録している営業活動データです。「案件の受注確度」「予想提示額」「受注予定時期」「購買プロセスのどの段階(ファネル)にいるか」といった未確定の生データを集計して初めて、精度のある未来の売上予測が立ちます。
製造業であれば、生産管理ソフトにある製品ごとの進行状況や受注状況、あるいは在庫管理ソフトにある原材料費の最新データを取り出す必要があります。会計ソフトに記帳される前の、これら現場のデータを組み合わせて独自の計算式で集計することこそが、未来の数字を導き出す唯一の方法なのです。
手元のソフトから抽出して自社のロジックで集計する
こうした仕組みを作るために、大掛かりな新システム開発は一切不要です。既存の会計ソフト、販売管理ソフト、生産管理ソフト、CRMなどに眠っているデータを、CSVなどでエクスポートすれば十分対応できます。
重要なのはツールではなく「どの数字とどの数字を掛け合わせて自社の未来を弾き出すか」という計算ロジック(思考)そのものです。月次や週次で必要なデータを抽出し、自社専用の集計ロジックに流し込む。このシンプルな仕組みを回すだけで、経営者は求めていた「未来の数字」を手に入れることができます。
これこそが、よく言われる「コックピット経営」の実現です。飛行機のパイロットが速度、高度、方角、残燃料などの計器を見ながら操縦するように、経営者も未来の予測数値を見ながら「営業員をさらに投入すべきか」「多少値引きをしてでも受注を急ぐべきか」といった具体的な経営アクションをタイムリーに指示できるようになります。
自社独自の指標を見極め「未来を指し示す計器」を持とう
自社をどこへ導くべきか、そのためにコントロールすべき重要指標は会社ごとに100社100様であり、他社と同じパッケージシステムで代用できるものではありません。だからこそ、高額なERPに頼るのではなく、自社にとって真に不可欠な指標は何かを経営者自身が定義することがスタートラインとなります。
現場に眠る多様なソフトから必要なデータを引き出し、自社独自のロジックで未来を可視化する。この「身の丈に合った未来予測の仕組み」こそが、不確実な時代を勝ち抜く中小企業の強力な武器になると、私は支援の現場で繰り返し感じてきました。バックミラーを見る経営から脱却し、フロントガラスの先を照らす計器を手に入れる——その一歩を、ぜひ踏み出していただきたいと思います。