「どのツールがいいか」担当者の深い悩み
「自社でもいよいよシステム化を進めることになり、私が担当に任命されたのですが……」
中小企業の経営者や事業部長から、こうしたご相談を受ける機会が絶えません。彼らの多くが最初に口にするのは、「どのITベンダーに依頼すべきか」「Salesforceのようなクラウドパッケージがいいのか、それとも別のツールが良いのか」「RFP(提案依頼書)はどう書けばいいのか」といった疑問や悩みです。予算も人員も限られた中小企業において、システム導入の失敗は絶対に避けたいところ。担当者が慎重になり、ツールの比較選定やRFPの作成といった“目に見える準備”に頭を悩ませるのはごく自然なことです。
しかし、数々の現場を見てきた私からお伝えしたいのは、そうした悩みは実はシステム構築における「表面的な課題」に過ぎないということです。
多くの企業が、どのシステムを選ぶかという「ツールの選定」に情熱を注ぎます。しかし、ツールを選び始める前、あるいはITコンサルタントに頼る前に、社内で絶対にやっておかなければならない「最優先の仕事」が存在します。ここを跳び越えてシステム化を進めてしまうことこそが、後々の要件定義の紛糾や、データ移行の失敗を引き起こす最大の原因なのです。
一般論を覆す「データ構造」の把握という本質
世間のIT導入ガイドにはよく「まずは業務フローを整理しよう」「RFPをしっかり書いてベンダーに見積もりを取ろう」と書かれています。しかし、私はこの一般論に異を唱えます。システム化の成否を分ける本当の鍵は、RFPの出来映えでもITコンサルタントの手腕でもなく、「自社が管理したい業務のデータ構造を、社内自身で把握しているかどうか」にあります。
システムとは、言ってみれば「データを保管し、加工し、出力する箱」に過ぎません。箱の形(ツール)を吟味する前に、中に入れる「入れるものの形(データ)」を自分たちで理解していなければ、どんなに高価で優れたシステムを導入しても必ず不整合が起きます。
では、「データ構造を把握する」とは具体的にどういうことでしょうか。難しく考える必要はありません。営業支援(SFA)のデータ管理を例に挙げてみましょう。
営業活動をシステム化しようとしたとき、まず基本となるのが「取引先」というデータです。この「取引先」を中心に、どのようなデータがどのように紐付いているかを整理していきます。
- 取引先と商談: 1つの「取引先」に対して、過去から現在に至る営業アプローチである「商談」データが紐付きます。ここでのポイントは、1つの取引先に対して商談は「複数」存在するということです。
- 取引先と担当者: 同様に、「取引先」には自社の営業「担当者」が紐付きます。これも組織構造によっては複数の担当者が関わるケースがあります。
- 担当者と日報: さらに、その「担当者」には日々の活動記録である「日報」データが複数紐付いていきます。
このように、管理したいデータ項目を洗い出し、「どのデータとどのデータが紐付いているか」、そして「その関係は1対1なのか、それとも1対多(複数)なのか」という結合度合い(リレーション)を明確にすることが、データ構造を把握するということです。
ホワイトボード1枚で防ぐシステム選定の失敗
例えば「取引先の住所」は、基本的に1つの取引先に対して1つ(1対1)です。しかし「商談」や「担当者」「日報」は、1つの取引先に対して何十、何百と積み重なるもの(1対1対多)です。
こうしたデータの関係性を、まずは社内のホワイトボードに手書きで図示してみてください。これこそが、IT専門用語で言う「データの正規化」であり、「ER図(実体関連図)」の作成そのものです。難解なITスキルがなくても、自社の業務を最もよく知る社内の人間であれば、この関係性は必ず整理できます。
なぜ、これがシステム発注の前に不可欠なのでしょうか。それは、このデータ構造さえ社内で固まっていれば、以下の3つのステップで失敗がほぼゼロになるからです。
- パッケージ選定: 検討しているパッケージソフトが、自社のデータ構造(1対多の関係など)をデフォルトで許容できる設計になっているかを即座に判断できます。
- 要件定義: スクラッチ(オーダーメイド)開発を行う場合でも、ベンダーに対して「自社はこういうデータ構造で管理したい」と明確に指示できるため、手戻りや費用膨張を防げます。
- データ移行: 既存のエクセルや旧システムから新システムへデータを流し込む際、どのデータをどの順番で関連付けて移植すればよいかが一目瞭然になります。
潤沢な予算があり、高額なITコンサルタントを常駐させられる大企業なら、コンサルに手取り足取りデータ整理を任せることもできるでしょう。しかし、資金もリソースも限られている中小企業こそ、この「データ構造の把握」を内製でやりきることが、最大の防衛策でありコスト削減策となります。
自社のデータを制する者がシステム化を制す
あらためてお伝えします。システム化の担当者に任命されたとき、最初に考えるべきはベンダーの選定でも、RFPの作成でもありません。まず取り組むべきは、「自社のデータ構造を社内自身で正確に把握すること」です。
自社が管理すべきデータは何で、それらが「1対1」なのか「1対多」なのか。そのリレーションをホワイトボードに書き出し、可視化することからすべてが始まります。このデータ構造は、パッケージ選定・要件定義・データ移行というシステム化の全行程において貫かれる「共通の言語」であり「基礎工事」です。
基礎工事がしっかりしていれば、どんな家を建てても揺らぎません。中小企業の経営者や役職者の皆様は、ぜひ担当者と一緒にホワイトボードの前に立ち、自社のデータ構造を書き出すことから始めてみてください。その一歩こそが、システムの選定ミスやデータ移行の失敗を限りなくゼロに近づけ、プロジェクトを確実な成功へと導く極意なのです。