履歴書と「ガクチカ」が通用しない世界
今から10年以上前、私はエンジニア採用のために中国とインドの地に立っていました。当時の私たちが直面したのは、それまでの日本流の「採用の常識」が一切通用しないという、途方もない壁でした。
日本の面接では定番の「学生時代に最も力を入れたこと(ガクチカ)」や「当社への志望動機」。これらを英語で問いかけてみたところで、返ってくるのは文化や言語の壁に阻まれた、どこか噛み合わない答えばかりでした。目の前にいる学生がどれほど優秀な大学に籍を置いているのか、その履歴書の裏側にどのような真実が隠されているのか。文字情報だけでは、彼らの本当の実力は霧に包まれたままでした。
「このままでは、自社に必要な『本当にコードが書ける人材』を見逃してしまう」。そんな焦燥感の中で私たちが辿り着いたのが、当時Googleなどが実践し始めていた「ライブコーディング」という手法でした。
ホワイトボードの前で露わになる「エンジニアの本質」
ライブコーディングのルールは至ってシンプルです。その場で課題を出し、ホワイトボードやPCを使って、実際にコードを書き上げてもらう。ただそれだけです。しかし、このシンプルな儀式こそが、雄弁な言葉よりも多くのことを語ってくれました。
たとえ英語がたどたどしくても、キーボードを叩く指先や、ホワイトボードに描かれるアルゴリズムの論理構成には、嘘がつけません。複雑な問題をどう分解し、どのデータ構造を選択し、どう実装に落とし込むのか。そのプロセスをリアルタイムで観察することで、私たちは彼らの「エンジニアとしての地頭」をダイレクトに感じ取ることができました。
この経験から得た最大の教訓は、採用の最前線には「人事担当者」ではなく、「現場で最も優秀なエンジニア」を立たせるべきだということです。コードの良し悪し、設計のセンス、そして技術的な議論の深さを正しく評価できるのは、同じ言語(コード)を操る者同士でしかないからです。
「良質な問い」が面接の質を決める
ライブコーディングを成功させる鍵は、出題する問題の質にあります。難解すぎて誰も解けないパズルや、逆に簡単すぎてタイピング速度を競うだけの問題では意味がありません。短時間でエンジニアの直感や基礎体力が浮き彫りになるような、「複雑すぎず、かつ示唆に富む」絶妙なバランスの問題を用意することが不可欠です。
実力が見極められれば、採用のスピード感も劇的に変わります。面接が終わる頃には「この人は必要だ」という確信が持てるため、その場で会社のビジョンを熱っぽく語り、具体的な金額提示を含めたオファーを出すことさえ可能になります。優秀な人材は他社との奪い合いです。この「即断即決」のスピードこそが、採用競争における最強の武器になると実感しました。
評価の優先順位を履き違えない
私たちが徹底したのは、評価項目の徹底的な優先順位付けです。最優先は、何をおいても「コーディング能力(技術力)」です。次点として、実装の過程で見えるコミュニケーション能力やプロジェクト管理の素養をチェックします。
一方で、日本の面接で重視されがちな「人柄」や「部活動でのリーダー経験」といった要素は、あくまで最後の補足情報、いわば「同点だった時の判断材料」程度に留めていました。どんなに性格が良くても、コードが書けないエンジニアを雇うことは、チームにとっても本人にとっても不幸な結果を招くからです。
自社に最適な人材を見抜くために
「自社に必要な人材」とは、華やかな経歴を持つ人ではなく、目の前の課題に対して最適なコードを書き、問題を解決できる人です。その本質を見抜くためのライブコーディングは、単なるスキルテストではなく、エンジニア同士の真剣勝負の対話でもあります。
伝統的な形式に囚われず、現場のエンジニアを巻き込み、実技を通じて魂をぶつけ合う。そんな採用プロセスを構築することこそが、強い技術組織を作るための最短ルートだと、私はあの頃の経験から確信しています。